どちらを選択しますか?

相手の気持ちなんてわからない。
いや、わかってることもある。
るんるんしてない、とか。
でもそれもわからないかも。
周りになにを言ってるかわからないし。
どういう風に前のデートの日程が決まったのかさえ知らないし。
そう考えると断片的にしか彼を知らなくて。
知らないくせに大好きになってしまったから。

だから不安で不安で。自信もなくなって…

 

でもね?
私は変わりたかった。
周りの感情に流されて自分が弱るようなことはしたくなくて。
流されることで前に進めなくなるのも嫌で。
今の私は…?

私の描いた妄想の彼の感情をさも正解のように、彼のことを100%理解しているかのうように並べて

「ほら、やっぱりもぉだめだよ」と言ってる。

 

不安な気持ちはとってもよくわかる。

振られたら辛いから。1回で全否定されるようなことはとってもとっても辛いから。

でも、それも妄想なのではないか?

人は言うかもしれない。

現実を見た方がいいよって。でもその現実って?彼に確認した訳じゃない。

空気を読めよって言われるかもしれない。

でもその空気をそのように解釈しているのは自分自身(もしくはそうやって発した人)では?

 

正しいこと、正解はどこにもない。

だから世の中は”勘違い”という単語があるのだと思う。

 

叶える方法を取得したのに、自分の感情のコントロールができない。

”できない”んじゃない。

”してない”だ。

なぜしてないか。できないと思っているか。

妄想を並べて不安に陥ってるから。

わからない現実、不安をさも現実のように感じて幸せな方を選択するたびに打ち砕かれる→不安になる→だめだと結論づける→いやいやって這い上がる→…

ループ!!!!!

 

私は知ってる。

叶える方法を。

どんな状況でだって叶えられる方法を。

そこに感情を持っていけばいいだけって思ってるけど、きっと違う。

持っていくんじゃない。

選択するの。

そっちを選択して強制的に、無理矢理にでも舵をきる。

自分の幸せのために。

 

変わろうとしてる自分に自分自身が戸惑って、潜在さんが変わっちゃだめだといつもの思考の方へ促してる。

だって、いつもの思考だったら傷つかないように予防線をはるから派手に傷つくこともない。

自分を守るための潜在さんの優しさ。

でもね?

私は変わりたいし、幸せになる方を選択したい。

傷つきたくないけど、でも私が選択する方も傷はないから。

だから安心してそちらの世界に行く。

選択した方へ。

 

そして、今起きてることは所詮過程でしかない。

私が求めてるもの、イメージしてるものは結果だから。

過程に右往左往しちゃって。あかん。

 

信じるのは相手じゃなくて、自分自身。

自分の潜在さんを、力を信じる。

すべてがすべて納得いく形になった

潜在意識が、とずっと言い続けて。

その間にも不安になったりどうしようどうしようってなったりしたのだけど

なにか急にすべてがすべて納得のいく形で理解ができるようになったの。

 

それは気づいたから。

私が楽しく妄想していたことは大・小問わず叶っていたことに。

そもそも、大小と考えることもナンセンスで。

願いに大きいも小さいもないし、叶うことに大きいも小さいもない。

願うか願わないか、その違いだけ。

だから、”大きいから時間がかかる”って発想も思い込み。

願えば叶う。

なーんて!まだ叶ってないんだけどね!笑。

でも叶うことが当然なんだと、叶わないことなんてないんだってわかったから。

 

もう1つ。

今まで気づいていたようで気づいてなかったことに気づいたから。

 

私が好きなあの人は私がテンパってるといつもそっと助けてくれる。

混乱してるとわかりやすく説明しなおしてくれる。

なんでわかるかなー、って。そんなことしてくれる人あの人だけで。

私もそうだけど、その人の特性は”見てればわかる”。

その人に行為の有無は関係なく、”見てればわかる”。

あの人は私のことを見てくれていて、わかっていてくれたということ。

大したことではないかもしれないけど。

けど。

私にはとっても大きなこと。

見ててくれた安心感。

 

ずっと、”彼は私のことなんて…”って思ってたのが、勘違いだったんだって。

思い込みだったんだなって気づいて。

それが小さな、でもとっても大きな気づき。

 

それに気づいたら色んなことがわぁぁぁーーーーーって。

全然大丈夫じゃないか!って。

すべて私の思い込みだったんだな、って。

私の妄想全部叶ってるし、って。

そしたらぜーんぜん心配がなくなった。

心配事が起きても、いやいや、私が願ったのはこっちだから大丈夫って思えるようになった。

 

だから、とっても穏やかな気持ちで過ごせてる。

大好きだ。

その気持ちだけ。

それと「あーいよいよ叶うんだ」ってゆーわくわくだけ。

楽しみで仕方ない。わくわく。

あー紅葉デート楽しみだな♡

 

私はメモ魔なので、メモすることで整理できることがたくさん。

会社でイライラした時もメモしながら感情の整理。


で。

会社でメモを書いてて気づいたの。

私、安定したかったんだって。

取り越し苦労しちゃうし、心配症だし。

でもそんなことに振り回されるよりも安定したい。


今ある現実と今までの経験とで心配の種を撒き散らしてるけど

これから先はどーなるかなんてわからない。

心配するのはわからないから。

わからないことはこれから起きること。

これから起きることは可能性があること。

私が決められること。

それなら楽しいことがいい。


楽しいことを始めよう。考えよう。

もちろん、心配することは悪いことじゃない

ただその中に集中するのはやめよう。


心配してることは起こらない。

1カ月以内に思ったことが叶う世界。

いよいよ、待ってましたの10月。


このタイミングで気づけたことはとっても幸せなこと。

我に幸あれ!

少女漫画育ち

そう、私はいわゆる少女漫画育ち。

とはいえ、かっこいい人が突然私をかっさらってくれて~

ってゆーのは期待していないです。大丈夫です。

 

いわゆるお付き合いし始めの甘々の言葉とか、優しさ、とかね。

日本男児絶対イワナ―――――イっ!みたいなこととか言ってほしいな、って。

 

理想と現実は違う。

そうです。

でも思い返せば、甘々の言葉を吐いてくれてた男性はたくさんいまして。

それを別れたから忘れているだけのような気も…しなくもない。

ということは理想≠現実、ぐらいなのかな。もしかして。

 

そして、漫画の中のヒロインはみんないい子、です。

そう、そこが理想と現実の大きな違い。

私は彼女たちのようにいい子ではない。

だからかぁーーーーっ!笑。

自らできること、他人を介さずともできることは実践していこうと思うのです。

2017年今年もあと2ヶ月。

私の世界は微動だにしていないと思っているけど、全然そんなことない。

私の周りは変わった。

私もそれなりに変わった。

おかげで仕事もしやすくなったし、認められる機会も増えた。

恋愛だけにフォーカスすると変わってないような…?どうなんだろ。

 

なにを見ても「待ちなさい」って出る。

これってある意味ブレーキ(ブロック)になりません?

待つってなによ。待たないよ。私は前進する生き物なの。

あぁ、だからか。

だからもどかしいし、ちょっとイライラするんだな。

『待つ』って単語に縛られ過ぎなのかもしれない。

待つのはやめよう。

 

だってさ?

ごはん作って待ってたら怖くない?

今の私ってそれですよね?

(うん)

それはまずい。

いや、自由に遊んでるよ?遊んでるんだけど「帰り遅くない?」みたいな待ち方。

怖いよね。

(うん)

 

ポジティブに変換しよう。

「早く会いたいな♡」的なやつよね。

いやーまじ表裏一体。紙一重。

あー!

先週の「早く会いたいなー♡」が「まだかな。まだかな。」になったのだ。

なんかすっきり!

よし、がんばろっ!奇跡が起きる!

思うことあれこれ~恋愛編~

「もぉそろそろよくない?」「もぉ待ちたくないっ」って思っていて。最近。

待ってたらいいことがあるの?とか。

待ってる時間なんて私にあるの?とか。

じゃぁ逆に動いたらなにか悪いことでもあるの?とか。

 

そして気づきました。

今まで私は好き勝手に自分の思うままに動いて、うまく行きそうなものも壊してきたんじゃないか、と。

 

もちろん、それに納得いってない訳じゃなく。

焦らずいこう。

 

白浜神社でとっても素敵な経験をしたの。

なんかよくわからないけど、神様と繋がったって思った。

言葉にはできない、あの感覚。

「また来よう」って素直に思えて。

黒い蝶々が現れて。

あれはなんか、言葉にできない。神聖な時間だったな。

 

だから、次の日行った東京大神宮のおみくじの結果が「適齢期を気にせず待ちなさい」って言葉に

(最初反発はしたものの)納得ができた。

必ず導くから待ちなさい、相手の都合もあるのだから、と言われた気がして。

私の意見を押し付けて、私の意見に従わせようとしていたんじゃないか。

今が耐え時。

あと少し。

いつも耐えられなくて自分のことを好きになってくれる人にふらふらといってしまっていたのではないか?

うむうむ。

 

それでもやっぱり10月にはなにか起きるが気がしてる。私。

だから、大丈夫。

うん。大丈夫。

 

楽しみだぜっ!

人のせいは自分のせい

何か起きた時「あ、しまった!しなければよかった!」と思えるものは自分のせいに瞬時にできた時。


「なんで?あの人がこーだからじゃん」と思う時は人のせいにしよーとしている。

けどね?

けど、やっぱりそれって自分のせいで。


こんなこと言うといい人ぶってるとか、仙人かよとかって言われるかもしれないけど。

全然そんなことなく。

その状況を引き寄せた!とかでもなく笑。


単純に相手の立場への想像力が足りてないが故。

想像力の足りない自分のせい。


でも、事の大きさによっては瞬時にそんな想像できなくて。

それって仕方ないと思う。

でも。

でもいつでも、自分のせいだったなって相手に謝ることも出来るし、巻き返せる。

それをするか、しないか。

出来るか、出来ないか。


ただ言われたことに対して相手を憎んだり、不必要に怯えたりしていたら

その先の成長もなければ、嫌われ人生一直線になると思う。


私はそんな風にはなりたくない。

自分のケツは自分でふきたい。

突き進む私②

 

前回と同じタイトル。

前回は主に仕事向けに気づき・思った内容だったのだけど、やはり恋愛にも言える。

 

そう、好きな人に対しても同じ。

好きだ好きだと、潜在意識でなんとかんるさと色々思っていたら

どこかで「私のこと好きになってほしい」ってへりくだるような、そんな姿勢になっていた。

 

自分でも気づかぬうちに、自分を自分で売りに出して

そして、なぜ買ってもらえないのだろう、なぜ成就しないのだろうとループにはまる。

もちろん、そんな不安は当然だし、当然故に悪いことではない。

 

でも、だからといって、へりくだる必要はない。

 

同じバナナでもたたき売りされているものと高級に満ちたもの、同じ価格なら高級に満ちたものを買うだろう。

普段買えないし、どんな味がするのだろうという興味。

私は自分で自分をたたき売り、あなたに私はぴったりよ~みたいな無言の圧のようなものを醸し出していたんじゃないか。

 

仕事と同じ。

誇示して見せびらかすような振舞いはいらない。

ただただ粛々と自分に自分で高値をつければいい。

なぜならば、私は私だから。

私だから大丈夫。

 

私だから大丈夫、はなかなか難しかったりするのだけど。

するのだけど、だからこそ楽しいはずで。

美容もおしゃれも、『大丈夫』って言い切るための武器。

そこを楽しんでできてこそ。

 

それと、「私だから大丈夫」が行き過ぎると変に拗ねてつんつんしてしまったりしちゃう。

これ、私の変なとこ。悪いとこ。笑。

気をつけましょ、そうしましょ。